NHK連続テレビ小説「虎に翼」は、日本初の女性弁護士となった三淵嘉子をモデルにした「猪爪寅子」の一生を描くストーリーとなっています。
寅子の生涯の師となる「穂高先生」も登場しましたね。
穂高先生の女性の権利向上を求める発言や姿勢は本当に素晴らしいですよね。
これから先もストーリーにおいて重要な人物となるのは確実でしょう。
では「穂高先生」のモデルは一体誰なのか気になりますよね。
今回は連続テレビ小説 虎に翼「穂高先生」のモデルとなる人物について調査しました。
「虎に翼」の穂高先生のモデルは穂積重遠なの?
穂積重遠はどんな人物?妻子はいるの?
この記事を読まれている方はこんな疑問を抱えているのではないでしょうか。
- 「虎に翼」の穂高先生のモデルは穂積重遠と言われる理由について
- 「虎に翼」の穂高先生のモデル穂積重遠について
- 「虎に翼」の穂高先生のモデルは穂積重遠の妻子について
虎に翼穂高先生のモデルは穂積重遠!渋沢栄一の孫
まず穂高先生のモデルとなった人物は「穂積重遠(ほずみしげとお)」という「日本家族法の父」とも称されている人物と言われています。
穂積重遠も歴史に名を残す人物ですが祖父も偉人となります。
実は穂積重遠は、近代日本経済の父とも言われる渋沢栄一の孫となっています!!
子供時代は「渋沢栄一」の影響で「論語」に興味を持っていたとの情報もありましたよ^^
では何故穂高先生のモデルが、穂積重遠と言われているのか調査してみました。
・インタビューにてモチーフは渋沢栄一の縁者と答えている
・名前が穂積重遠とほぼ同じ
・穂積重遠は三淵嘉子(寅子のモデル)の法学者と弟子の関係
・女性法律家の育成にも力を入れていた人物
以上の点で穂高先生のモデルは、穂積重遠だと言われているようですね。
では詳しく見ていきましょう。
モチーフは渋沢栄一の縁者と答えている
NHKドラマガイド「虎に翼 Part1」内にて、穂高先生役の俳優 小林薫さんのインタビュー内容が載っています。
モチーフとなった方は渋沢栄一の縁者だと聞いて驚いた
以上のように答えていました。
先述したようにモデルと言われる「穂積重遠」は渋沢栄一の孫にあたります。
縁者なのは確かですよね。
モデルが穂積重遠と言われる理由の1つとなります。
名前が似ている
ドラマ内で登場する穂高先生は「穂高重親(ほだかしげちか)」
モデルと言われている人物の名前は「穂積重遠(ほずみしげとお)」
実際似てますよね^^
こちらも理由の1つとなります。
弟子(師と教え子)の関係
朝ドラ「虎に翼」の主人公である「猪爪寅子」のモデルは、日本初の女性弁護士となった「三淵嘉子」です。
穂積重遠と三淵嘉子は法学者と弟子の関係
そして穂高先生と寅子は「生涯の師」である
穂高先生の人物紹介にも寅子の「生涯の師」であると明確に記載されています。
寅子が法律を学ぶにあたりサポートし、法学の道を進む上でも重要な人物となっています。
穂積重遠と三淵嘉子の関係とよく似ていますよね。
そのことから穂高先生のモデルは「穂積重遠」と言われる理由の1つです。
寅子のモデルについて詳しく知りたい人は下記の記事を読んでみて下さい。
女性法律家の育成に尽力
穂高先生と穂積重遠の2人共、大学に女子部を創設(尽力)して女性法律家の育成にも力を入れた
穂積重遠といえば明治大学女子部を創設し、女性の法律家の育成に尽力していたのは有名です。
穂高先生の人物紹介にも、「女子教育に熱心で明律大学女子部の立ち上げに尽力し教べんをとる。」との記載がありました。
大学名も実は似ていますね^^
以上先述したきた理由を合わせて考えると、人物像や経歴が酷似していますよね。
ですので穂高先生のモデルは「穂積重遠」で間違いないと言われています。
虎に翼穂高先生のモデル穂積重遠はどんな人物?
朝ドラ「虎に翼」に登場した穂高先生は、「穂積重遠」がモデルで間違いないと言われています。
では一体「穂積重遠」はどんな人物か気になりますよね。
プロフィールと経歴
穂積重遠のプロフィールと経歴を簡単に紹介します。
生没年 | 明治16年4月11日 〜 昭和26年7月29日 (1883年4月11日 〜 1951年7月29日) |
出身地 | 東京都 |
職業 | 学者(社会科学)・法律家 |
家族 | 祖父:近代日本経済の父「渋沢栄一」 父:日本の民法制定に貢献した法学者「穂積陳重」 母:渋沢栄一の長女「歌子」 |
経歴 | 1908年:東京帝大法科大学卒 1912年:民法・法理学研究のためドイツ・フランス・イギリス・アメリカに留学 1916年:帰国後に東京帝大教授となる(民法・法理学講座を担当) 1917年:東京帝国大学総長の推薦により法学博士となる 1926年:父の死去の後に男爵を襲爵 1929年:明治大学専門部に女子部が開設 1944年:貴族院議員へ(1945年8月28日辞職) 1945年:戦後は東宮大夫兼東宮侍従長を務める 1949年:最高裁判所判事となる(1951年まで) 1951年:就任してから衆議院議員総選挙の公示前の在任中に68歳で病気により亡くなる |
プチ情報 | ・学生時は水泳、柔道、山登りが趣味 ・和歌や川柳、フランス語なども趣味 ・オペラに魅せられて戦後は歌舞伎や観劇が趣味の1つ 穂積重遠は多趣味だったようです。 |
人物像
穂積重遠は主に民法について注目し研究をされていたようです。
家族法における基本的な理論を築いた人物です。
さらに女性の権利向上についても尽力していました。
・女性解放運動家の支援
・弁護士法の改正で性別の条件をなくす
・明治大学女子部を創設
・女性法律家の育成
以上のように女性の権利の向上に注目し重要だと考え社会に訴えていました。
昭和初期の時代には珍しい考えの持ち主だったのは間違いないですね。
女性の権利向上する運動にとても好意的だった穂積重遠は、「女好き」と言われてしまっていたとの情報もありました。
社会的に弱い立場(女性や子供)に目を向け、保護するための法律や活動について注目し、自分自身も尽力していった偉大な人物です。
虎に翼穂高先生のモデル穂積重遠の妻や子孫について
「家族法の父」と言われるほど業績を残した、穂積重遠の妻や子供はいたのでしょうか。
・妻は児玉源太郎の三女「児玉ナカ」
・長男は西洋史学者で大東文化大学長を務めた「穂積重行」
・次女は国文学者の「岩佐美代子」
・八十島義之助の妻となるのは長女「和歌子」
一男二女の子宝に恵まれたようです。
穂積重遠の家族は祖父や両親含め、学者一家で人格者も多い家系のようですね^^
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まとめ
今回は連続テレビ小説 虎に翼の「穂高先生」のモデルとなる人物について調査しました。
調査した結果は以下のとおりです。
<<穂積重遠がモデルと言われる理由>>
穂高先生のモデルは「穂積重遠」が確実だと言われている
「穂積重遠」は近代日本経済の父とも言われる渋沢栄一の孫
モデルと言われる理由は以下の通り
・インタビューにてモチーフは渋沢栄一の縁者と答えている
・名前が穂積重遠とほぼ同じ
・穂積重遠は三淵嘉子(寅子のモデル)の法学者と弟子の関係
・女性法律家の育成にも力を入れていた人物
<<穂積重遠について>>
穂積重遠「日本家族法の父」と言われる法曹界の偉人
社会的に弱い立場(女性や子供)に目を向け、保護するための法律や活動に注目し自分自身も尽力
・女性解放運動家の支援
・弁護士法の改正で性別の条件をなくす
・明治大学女子部を創設
・女性法律家の育成
<<穂積重遠の妻子について>>
・妻は児玉源太郎の三女「児玉ナカ」
・長男は西洋史学者で大東文化大学長を務めた「穂積重行」
・次女は国文学者の「岩佐美代子」
・八十島義之助の妻となるのは長女「和歌子」
※学者一家で人格者も多い家系
調査した限り連続テレビ小説「虎に翼」穂高先生のモデルは、「日本家族法の父」と呼ばれる「穂積重遠」でしょう。
穂高先生はこの先主人公の寅子の人生に大きく関わってくる人物なのは間違いありません。
寅子を助け育てて行く穂高先生にも注目しながら、今後も「虎に翼」を楽しみましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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